【サッカー】鬼木監督の守備構築3年計画

2年目を終えた鬼木体制。3年目に向けて攻撃的なサッカーに植え付けた鬼木監督の守備とその先にある日本代表について考えてみた。(2019/01/02)

攻撃的なサッカー

フロンターレのサッカーは攻撃的である。「川崎の漢は攻めてなんぼ」というゲーフラが物語るように攻めてなんぼのサッカーである。

ここでよく言われるのはパスサッカーという謎の言葉だ。パスサッカーは手段であって目的にはなり得ない。もっと言うとパスをしないサッカーは無いし、パスだけでやるサッカーも無い。もう一つ言われるのはポゼッションサッカーであるがボール保持率が高いとポゼッションサッカーと呼ばれるがひと昔前の日本代表がやっていたCB同士でパスを回し続けていても保持率は数字上は高まるので支配率=ポゼッションサッカーでは無いし、ポゼッションサッカー=攻撃的という訳では無い。(先の例は決してポゼッションサッカーとは言わないけど試合をみないでデータだけでみるとそう見える)。

では攻撃的なサッカーとは何だろう。色々な攻撃スタイルがあるが例えば守備的と思われがちなカウンターサッカーも攻撃的なものもある(ショートカウンターとか)し、自分たちでボールを保持してゲームをコントロールするポゼッションサッカーも攻撃的だと思われがちだがボールを保持して攻めないということも出来る。この場合は守備的なポゼッションサッカーだろう。では攻撃的とは何か?と考えると能動的か受動的かの違いだと思う。アクションかリアクションかという観点でいいかもしれない。自分達が主体的に動いてゲームを作るチームが攻撃的で、相手に主導権は渡しても守りながら一瞬の隙をつくのが守備的なチームではないかと。シュートが多いとか少ないとかパスサッカーとかそういう所では攻撃的かどうかは測れないと考える。

鬼木監督の守備

そんな中でクラブが示した方向性。それは風間氏を連れてきた時に明確になった。それまでの攻撃的なスタイルと言いながらも「人数かけてカウンター仕掛けるハイリスクハイリターン型」の受動的だったチームを明確に「ボールを大事にしスペクタルな攻撃をする」能動的なチームにするという方針を見せたからだ。風間改革により選手とクラブそしてサポーターはボールを失わない、次に何が起こるか分からないそんなサッカーに魅了された。そしてバトンを渡された鬼木監督。クラブの方向性は変わらないまま、託された命題はタイトル奪取。これだけ。その為に鬼木監督が何を変えていったのか、そして今後どうしていくのかを考えみる。

初年度。風間改革で足元の技術やフリーの定義、崩しのアイデアなどはある程度身についた。誰もが分かっていた足りないピース「守備力」の構築に着手した。

鬼木監督はドラスティックな改革を好まないようにみえる。あくまでも今までものに少しずつ確実に上乗せしていく。そういう手法を好んでいるようにみえる。なので守備力といっても幅広いが初年度着手したのは「ボールを失った直後の守備への切り替え意識」だけだ。ボールを失ったらいかに素早く守備に切り替えるか。この意識を植え付けるのに注力した。それですら川崎は本来の攻撃スタイルを見失いかけ失速しかけた。それぐらい攻撃しか考えていなかったチームに守備を入れるのは難しい。他のチームが守備の構築に成功したあと攻撃に着手し守備力が落ちるのと同じ構図だ。

守備をするという事は相手がボールを持っている事なので受動的になりがちである。能動的なサッカーを展開するチームに受動的な意識が混じると全体としての意思統一ができず攻守に甘くなる。

流れに乗れない時に鬼木監督は「原点に戻ろう。自分達は攻撃的なチームだ。」という意味の言葉を選手に投げかけた。この後からチームに変化は起きる。具体的には能動的に守備をするという感覚を身につけていったのだ。これは鬼木監督が目指していた姿であり、チーム全体に意識を植え付ける所に成功していたから起きた現象だと思う。選手達は鬼木監督から渡された武器の使い方を理解するのに時間がかかっていただけなのだ。守備の意識を入れると守備の為の守備になってしまうが、鬼木監督が入れたかったのは攻撃の為の守備。

その違いは相手の攻撃を受けるのではなく、攻撃に繋がりそうなタイミングで守備のスイッチを入れて奪って攻撃につなげる守備。もしくは相手が攻撃を始めるタイミングを潰して守備を整える時間を作る守備(ボールを失った直後の守備)というあくまで主導権を自分たちが持つのが攻撃的な守備の意識。

果たしてフロンターレは優勝した。堅守なんて言葉も聞こえるようになった。だが、繰り返すが初年度は「ボールを失った直後の守備への切り替え意識」だけだ。優勝というご褒美はあったが現実として就任初年度で勝点72は誇れる数字である。攻撃の部分は風間氏の遺産があったとは言え立派の一言。退場に対する采配や連戦での選手起用に対して明らかな失敗もあったが、それを確実に血肉にして活かしていく姿は頼もしいものがあった。

そして進化を問われる2年目。研究される立場となった2018年に着手したのは「組織的にハメる守備」である。初年度はボールを失って直ぐにボールを取るアクションは出来るようになったが、取りどころが決まっておらず守備がハマらない事も多かった。そこの部分に「取るべき所で狙ってとる」仕組みを導入した。よく憲剛が守備のスイッチを入れたなどと書かれるが、具体的に何をしているかというと「相手の行動の限定を開始した」という事である。簡単に言うと相手の右側に立てば相手は正面か左側にしか行動できなくなる。そうすると後ろの選手は勇気を持って相手の左サイドに守備の人数と意識をかけられる。そうやって追い込み漁のごとく相手をはめてそこからスムーズにカウンターにつなげる。これが能動的な守備であり攻撃的なサッカーの答えの一つになっている。シーズン初めは憲剛がスイッチ入れてボールは最終ラインで奪う事だけだったが、後半になるとボランチで取ることが増え、試合によっては相手が川崎の守備の圧力に飲み込まれ、憲剛のスイッチから前線で奪って攻撃につなげる所まで見せることができた。その結果、最多得点最少失点を実現出来た。本筋とズレるのであまり書かないがこの守備を実現するために進化した谷口と奈良は素晴らしいと思う。CBがハーフウェイライン付近でボールを奪える上にボールを繋げるなんて相手からみると悪夢以外何者でも無い。こういう指導も出来るのがいいスタッフが揃っている証拠であり一体感がある証拠だと思う。

麻生に練習行くと分かるけど、監督とコーチ陣はいつも最後までいて話あってるし、居残り練習している選手たちを見ている。こういう事がチームの底上げに繋がっていると思う。

そうして迎える3年目。一つの完成形を見せる2019年は「個人のところで勝つ守備」にようやく着手すると思われる。所謂デュエルである。フロンターレから日本代表に呼ばれない理由の一つはデュエルが強く無いからだと思う。上記の通り鬼木監督は組織的にハメる守備の構築を2年かけてやってきた。ここがうまく出来ない選手や90分間続かない選手は試合に出れなく、何人かは途中退団した選手もいた。しかし、チームとして1年間戦うためには1対1を鍛えるより明確に効果的であり大崩れしないチームを作る事が出来るのでマネジメントとしては妥当だと考える。そして下地が揃った3年目。アジアやカップ戦でも勝つために必要な局面での勝ちを植え付ける事が出来るようになった。

因みに日本代表は長期間練習できる訳でも無いので組織的にハメる守備ではなく局面で勝てる人材が重宝される。そういう視点で2018年までのフロンターレは「見せ場がなかった」という表現がいい気がしている。局面での戦いを生まない戦術なので、そこを評価しようにも出来ないのだ。

実際局面の戦いで勝てる選手は「奈良」「阿部」「守田」ぐらいで次点で「谷口」「車屋」ぐらいか。これでは一瞬の隙突かれた時の失点率が減らない。対照的な戦術をとる鹿島が1対1に強い選手を多く抱え、カップ戦や此処一番での強さを発揮しているのをみると分かり易いと思う。

その先にある日本代表

常勝軍団とは呼べるレベルでも実績も無いが「強豪」から「勝負強い強豪」にはステップアップしたと思う川崎フロンターレ。2018年未勝利で散ったACL、不甲斐ない敗退となったカップ戦にかける想いは強い。そこで勝つためには守備時のデュエルが生命線になる。組織的にハメながらいざという時は局面でも勝つ。個人的にはACLで組織的な守備がどこまで通じるかという所に興味があるが、恐らく局地的な1対1が多発するだろう。それを織り込んでの大型選手の獲得でもある。こういう場面で1対1で止める姿を見せると漏れなく日本代表に選ばれると思う。視野は狭いがデュエルに強い奈良、視野は広く足元も上手いが1対1が真面目すぎて弱い谷口。この2人は順調に成長すれば少なくとも代表に呼ばれると思う。大島は守備を頑張ると怪我をしがちなのでそこも含めて改善すれば間違いなく代表クラス。個人的には2018年一番納得がいっていないであろう阿部が覚醒して代表入りが嬉しいが。

デュエルに強い選手と組織的な守備が出来る選手。どちらかしか出来ない選手をどう使っていくのか、鬼木監督の守備構築から目が離せない。

投稿者:

r812

川崎在住のソフトウェアエンジニア。 自然と映画とサッカーをこよなく愛す。 サッカーフロンターレを熱く応援しています。

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